退院後は、息子と一緒に、実家で1カ月ほど過ごした。

慣れない育児生活の初めに母のサポートがあったのは、たいへん助かった。

それに、家族全員が息子のことをとてもかわいがってくれた。

父は、わたしたちが小さい時だってそんなことしてくれなかったのに、換気扇の下でタバコを吸ってたし(笑)、

母は息子が大泣きしてても「かわいいなあ~」とうれしそうだし(笑)、

結婚にも出産にも興味がなさそうだった妹は「仕事から帰ってこの子の顔見るのが楽しみ」なんて言うし、

弟も、夜に息子が泣いていると様子を見に来て、「俺の出番?」と言って抱っこしてくれたりしていた。

もちろん彼も、週末になるとうちの実家にやってきて息子を抱いて、名前を何度も呼んでかわいがっていた。

おばあちゃんや伯母、従姉妹(妊娠中)なども、息子に会いに来てくれた。

退院した次の日には、彼の実家のお父さんたちも、名古屋からやってきた。

息子の顔はどちらかというとわたし似で、もっと言えば、うちの父親や弟によく似ている。今のところあまり彼には似ておらず、彼は残念そうにしている(またうちの父が嬉しそうに「俺に似てる」と何度も言うもんだから余計に)。でもよく見ると眉の形が彼に似ているし、顔つきなんかこれからどんどん変わるだろうと思う。


里帰り中、産後で精神状態があまりよくなかったせいか、

些細なことにストレスを感じてしまい、泣いたこともあった。

夜に息子が泣くと気を遣ってしまい、誰かが様子を見に来るだけで「うるさい」と言われているような気がして焦ってしまう。朝に「きのうけっこう大きい声で泣いてたな」と言われるだけで、泣きやませられない自分が責められているように感じて、傷ついてしまう。もう完全に被害妄想。

いちばんキツかったのは、朝わたしが息子を抱いたまま(つまり添い寝状態で)寝てしまっているのを見た父に、「小さいうちは添い寝は絶対あかん」と怒られたことだった。

窒息の危険があることは知っているから気をつけているつもりだったし、添い寝しながら授乳してたわけではないし、夜中にぐずって大変だったのでくたくたで、添い寝でやっと寝てくれたのに「絶対あかん」だなんて…と思うと、悲しくなって涙が止まらなかった。

彼と別々に暮らしているのが寂しくて落ち込むこともあった。

彼はわたしが元気ないのをとても心配してくれて、添い寝の話とかも「うんうん」と聞き、なぐさめてくれた。

まだ母乳の出具合が安定しなかったのか、乳房がぱんぱんに張ってとんでもなく痛かったり、乳腺が詰まったらしくこれまた泣くほど痛かったりということもあった。入院中に引き続き、乳首も傷ついて痛かった。

胸が張って痛い時は、冷やしたタオルとか保冷剤をあてて、あとは息子にたくさん吸ってもらうしかない(笑)。一度、ぱんぱんに張った状態であおむけで眠ったら、目覚めたとき痛くて起き上がれなくなっていたことがあった。人間、胸のあたりに力を入れないと起き上がれないのだと初めて知った。大声を出せば全部屋にきこえる狭い家だが、夜中だったのでできず、ケータイをとって母のケータイにかけてみた。ダイニングのほうで着信音が鳴ったが、母は起きなくて、かわりに夜遅くまで起きている弟が気づいて着信を見て、助けに来てくれた。弟に体を起こしてもらったが、なんかすごく情けなかった(笑)。


息子はとても元気で、喉の鳴るのが聞こえるほど母乳を飲む。そのかわりしょっちゅう吐き戻すのだが、苦しそうではない。お風呂が好きなようで、沐浴中はほとんど泣かずおとなしくしている。うっかり寝返りするんじゃないかというほど体をひねるし、手足もバタバタとよく動かす。

1ヶ月検診では、息子の体重は約4200gになっていた。通常の1.5倍の増え方だそうだ。先生が言うには「双子でもギリギリいけるくらい」母乳が出てるらしかった(笑)。

股関節の検査なども難なくパスし、ひっかかったといえばお尻がかぶれていることだけだった。

何か気になることは?ときかれたので「よく吐き戻すんですが・・・」と言ったら、

「飲みすぎだと思います」とのこと。お尻が荒れてるのも、よく飲む分うんちの回数が多いからじゃないかという。結局、吐くのは別に問題ないし、お尻はこまめにおむつを換えてあげること、そして拭いてあげてから少し乾かすと良いとのことだった。